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うつは時代の先端である?! [Voice of My Heart]

昨日大量購入してきた本のうち、一冊を読み終えました。

「鬱の力」という作家・五木寛之と精神科医・香山リカの対談が一冊にまとめられた本。

うつ関連の本は、とかく医学的過ぎたり、または宗教(倫理)的だったり、自己暗示的だったりと偏りがちなものが多い中で、
この本は社会科学的視点からうつを捕らえていてすごく面白かった。
そんじょそこらのうつ本にはだまされないぞ、と思っている(苦笑)私にとってすんなりと入ってくる内容でした。

読んで見て、全体的な感想。

今、うつを患っている人は時代を先取りしているのかもしれない

本の帯に「迫りくる一億総ウツ時代をどう生きるか?」とあるが、
高度成長期を終えて、今はむしろ下降していっている世の中で、今うつになっている人(自分を含め)は
時代に敏感な証なんじゃないだろか?と自分の病気を楽観的に解釈できました。
(正しい解釈かどうかは別としてね)
文中の五木寛之の「鬱は力。無気力な人は鬱にならない」っていうのもストンと腹落ちしたし。

対談形式でまとめられていて、難しい本でもないので、
うつの中でもちょっと体調がいい時に少しずつでも読み進められる本だと思います。
もしよろしかったら!



鬱の力 (幻冬舎新書 い 5-1)

鬱の力 (幻冬舎新書 い 5-1)

  • 作者: 五木 寛之
  • 出版社/メーカー: 幻冬舎
  • 発売日: 2008/06
  • メディア: 新書



7月、逃げない自分へ [Voice of My Heart]

7月になりました。
今年もあっという間に半年が過ぎて、折り返しです。

この半年・・・というよりも昨年の9月の発病以来、本当につらかったよなぁって思います。
特に今年の3月ぐらいまでは、泣いているか、寝ているかみたいな生活をずっと送って。
口に入れるものと言ったら水分ばかり。
出掛けるといったら行先は心療内科だし。

思い切って4月は「自称・転地療養」で海外で時間を過ごして。
そこから少しずつ自分の中の何かが変わってきた気がします。

私にとって海外は、今までは「親から逃げる場所」だった。
「親の目に付かない所、連絡が付かない所」に行くことでやっと自分が解放される、みたいな。
だから大学の専攻は「国際関係学」だし、今だって外資系の会社に所属して、
海外出張してこいって言われると喜んで出掛けて。
とにかく親から逃げたいから目が外にしか向いてなかった。
親の知らない世界に行くことで親から逃げた気でいた。

だけど、4月の海外での生活で自分にとって海外は
「逃げる場所」ではなく「自分をうきうきさせてくれる場所」に変わったみたい。

海外にいたって良く考えれば物理的には親から逃げられていたかもしれないけど、
気持ちは逃げられてなかったと気が付いて。
今までどんなに海外に行く回数を、時間を増やした所で自分の苦しみは軽減されてなかったんだって。
だからどのみち、どんな場所にいたって親と向き合ったり、自分と向き合ったりする作業は必要なんだって。

なぁんてことに気が付き始めたら、海外に対する見方が変わってきて。
私にとって海外は「逃げる場所」→「楽しい場所」に今更ながら変化しました。

5月、6月は気分の上下と、そして抗うつ剤に振り回される日々だったけど。

2008年、残りの半年は何かしらの新しい一歩が踏み出せそうと私の気持ちは申しております。
(今のややハイの気分がそう言わせているだけかもしれないけど?)
ずっと立ち止まったままの場所から、少なくとも後退はせずに過ごせそうな気がします。
自分の気持ちは、今もしょっちゅう混乱起こすけれど、でもその対処方法がなんとなく見つかってきた気がします。
自分の気持ちを聞く耳が、まだ出来かけでAir Ear状態だけど、持ててきた気がします。

自分自身を混乱させることから逃げない

残り半年の目標はこれにしました。
時々へたりこんでもいい、大泣きしたっていい、誰かに甘えてもいいという条件付で。

Go Forward[ぴかぴか(新しい)]


八方美人との決別 [Voice of My Heart]

今まで自分で自分に「私は八方美人」とレッテルを貼るのを避けてきたけど、やっぱり私は八方美人なんだと思う。
誰にだっていい顔して、誰にだって話を合わせてしまう自分。しかも自分の感情を殺して。

この4~5年、仕事そのものや職場の個性的なメンバー、お付き合いしてくれた元・彼がいてくれたお陰で
たくさんの色々な世界を、物事を、経験させてもらい、見させてもらってきた。
それらは私にとって大きな財産であり、日々の楽しみと化しているものもたくさんある。

でもそれが一方で私のあだとなる。そう、話の引き出しが増えてしまった。
引き出しというと大袈裟かもしれない。まぁ言ってみれば話のネタが色々な切り口でそこそこある。

そうなるとどうなるか・・・誰とでも何かしらの切り口で話せるようになってしまった。
仕事のときはそうであればある程メリットは多いけれど、ことプライベートとなると・・・。

生理的に受け付けないと思う人、この人とは仲良くなれないな、と勘が、感情が、右脳が反応している人とでも
「誰にでもいい顔しちゃう自分」が現れて、「人から嫌われたくない自分」が主張し始めて
相手の持っている引き出しに合わせて自分を合わせてしまう。話をあわせてしまう。

「私もそれ、興味あるんですよ。今度ゆっくり教えてくださいね」
 とか
「私もそれ好きなんです。いいですよね~」
みたいに。
 
でもそれをすればするほど、私を苦しくさせる。
「あー、また相手に話し合わせてるなー。疲れる。」って。

だから、八方美人を止めようと決意。八方美人、返上してやるっ!

自分の気持ちを第一に、無理に相手に合わせない。自分を絶対に安売りしない。
八方美人は仕事上での武器として使い、プライベートではわがまま過ぎるくらいでいいんだ。
自分の感情を大切にすることが今の一番の私の課題なんだから。

いいんだよね??それで。。。

ありがとうを言える日 [Voice of My Heart]

今日、ふと思いました。

「うつにありがとうと言える日が来たらいいな」

うつになってからというもの、

今までフタをして見ないようにしてきたものを見なくちゃいけなかったり、

自分の本当の気持ちってどこにあるんだって自問自答の日々を繰り返して、

自分の愛し方、自分を大切にするってどうやるんだって無い知恵しぼって、

家族って一体なんなんだって、いつになっても出そうにない答えを探して、

闘っている毎日。

つらい毎日だけど、気づかされたことが多いのも事実。

失ったものはほとんど無くて、多分得るもののほうが多いんじゃないんだろうか。

まだまだ闘いの途中、決着はついていないけど、時々息切れするけど、

なんとなく、なんとなく、

私の中の「うつ子ちゃん」に「たくさんのことを気が付かせてくれてありがとう」と言えたらいいなと、ふと思いました。

その日が近いことを祈りつつ・・・。

風邪をひくようなもの [Voice of My Heart]

よく言います、「うつは心が風邪をひくようなもの」と。

でも、これってよく考えると2つの解釈があると思いませんか?

1:うつは風邪みたいなもので簡単に治る病気

2:うつは誰もが風邪をひく可能性があるように、うつも誰でもかかる可能性がある


1と2では大きく解釈が変わってきますよね。

私の母は、うつに関して1の解釈をしていて、私によく言います。
「うつは心の風邪っていうから、必ず治るから」と。

だけど、うつになったことがある人なら誰でも解ると思うのですが、
うつは風邪なんて呼べるほど、そんな生易しい病気ではない。
風邪は肺炎にでもならない限り、生命は脅かしません。
でも、うつは生命を脅かします。
人に元来備わっている生きることに必要な欲という欲をすべてそぎ落とします。
食欲、睡眠欲、性欲、etc...
生きたいという気持ちが限りなく低くなり、死にたい気持ちと日々戦ったり、
死までは考えないでも、自暴自棄になったり、自分の存在が不確かなものになったり。

これは風邪とはいえないですよね。

だから「うつは心の風邪」といい始めた人は、当然だけど2の意味で言っていて、1ではないのだろうけど。

でも世の中的にはどうなんだろう・・・やっぱり1の解釈をしている人がたくさんいるんじゃないかなぁ。
うつに対する理解が浸透しないのは、1の解釈をしている人が多いから、
「うつはなまけ病」的な捕らえ方、理解しかしない人が多いのではないかなぁ。

他にうつを形容するいい言い方はないかなぁ、とふと思いました。
うつは風邪とイコールな病気では決してないから。

寂しい時は? [Voice of My Heart]

夕べはまた寂しさに気がついてしまい、そこからがとても不安定だった。

わたしの最大の敵は「寂しさ」。

寂しいことに気がつくと、どうしようもない不安に襲われ、自分を自分でどうにかしたくなってしまう。
(未だかつて自分で自分を傷つけたことはないけれど)
「人は一人じゃないんだよ」って良く聞くけど、本当にそうなんだろうか。
多分そうなんだろうけど、まだこの言葉を信じ切れていない。

今までとってきた寂しさに気がつかない方法。
1:とにかく平日は限界まで働いて、家に帰ってきたら寝るだけの状態を意図的に作る
2:週末はなるべく予定を入れる。予定がないときは、ひたすら寝る

つまりは自分と向き合う時間をとにかく作らない作戦。

もし万が一寂しさに気がついたら、やっぱり寝る。眠れなくても無理やり寝る。
寝てしまえば寂しさを忘れられるし、時間が過ぎて明日が来る。

でも本当は寂しいときは「寂しいんだよぉーーー」って誰かに叫びたい。
昨日も何度となく誰かに電話して、ぎゃーって叫んで、泣いてしまおうかと思った。そう何度も。

だけど結局しなかった。
「電話に出てくれなかったらもっと寂しくなる」
とか
「こんな時間に電話して取り乱したら迷惑だよね」
って考えて、結局我慢をした。睡眠薬飲んで寝た。

本当は誰かの前で泣いて、ぐちゃぐちゃになって、自分の気持ちをぶつけたい「寂しいんだよー、つらいんだよー」って。
ぶつけたいのにいつも気持ちにブレーキがかかる。
そんな自分、今までほとんどの人に見せたことがないから。
見せられた人は困っちゃうだろうなって思うから。

自分の気持ちをぶつけたら、楽になれるって知ってる。解ってる。

でも怖くてそんなことできない。

きっと世の中の誰だってこういう時があるはず。みんなどうやって解消しているんだろう?不思議。
自分の居場所がどこかにあるから、こんな気持ちに気がつくことはないんだろうか?

「自分と向き合う時間をとにかく作らない作戦」は破綻しているって知っているから、
これから先どうやってこの寂しさに気がついた時を過ごしていったらいいんだろう。
やっぱり寝てしまう以外に方法はない?
小手先の方法、例えばTVを見るとか、音楽を聴くとかでは、その気持ちを忘れるのは120%無理。

突然この世に自分の居場所がないような借りてきた猫のような気分になった時はどうしたらいいんだろう。
誰か教えてください。

いじけ虫!? [Voice of My Heart]

今日は「いじけ虫」してる。
話を聞いてほしい人がいつまでたっても私の話を聞いてくれないから。
だから、来たメールにもわざと返信しない。

「私の話を聞いてほしい」

って素直に言えれば一番いいんだよね。そんなの100もわかってる。
なにもいじけて、空気読んでよーって無言で訴える必要なんか本当はない。

君が落ち込んでいる時、私はちゃんと話聞いているよ。
なんて答えてあげればいいか必死に考えて、サポートしているつもり。

なのにさぁ、どうして私の話は聞いてくれないの?
忙しいから?
私は君にとってどうでもいい人だから??

それとも・・・こうやって「私のこともサポートしてよ」って見返りを求める私がそもそもダメなんだろうか。
確かにこれって「無償の愛」とか「無償の友情」とは言わないかも。

病気の話、ちゃんと聞いてほしいんだよ。伝えたいんだよ。
私のつらい気持ち、君には解ってほしいんだよ。
寂しいときにはちょっとでも、声だけでもいいから聞けたら安心できるのに。

いじけ虫のわたし。

自分の感情を、気持ちを、考えをきちんと相手に伝えられなくて、
いつも、いつも飲み込んじゃって、結局それでストレス溜める。

いつもいつも自分を表現したときの相手の「リアクション」「気持ち」を先読みして
「こんなこと言ったら困っちゃうよね、だから言わない」って結局なにも伝えない。

ノンアサーティブな私。

ほんとうはもう少しアサーティブな私になりたいけど、臆病が邪魔してできない。
「こんなこと言ったら嫌われちゃうかもしれない」」って。
「こんなに私の気持ち正直にぶつけたら、相手は私に対する信頼を失うかも。去っていってしまうかもしれない」って。
まして、私にとって必要な相手だと余計に。。。

どうする?いじけ虫さんよ。

朝の恐怖 [Voice of My Heart]

朝ってちょっと怖い。
なぜって、朝起きたときに
今日は「元気に過ごせそう」か「今日はダメだー」がだいたい解るから。

ちなみに今朝は、前者かな?
全力疾走できるほど元気じゃないけど、
部屋の掃除をするとか、料理をするとか、映画を見るとか、
それぐらいのパワーはありそう。

でも今日みたいな日は、色々やると翌日へたってしまうことが多い。

だから、今日はのんびりいきましょう。
またお天気くだり坂みたいだしね。


さぁ、はじめてみよう。 [Voice of My Heart]

まずは、カミングアウトから。

私は今「うつ病」です。
診断されてからもう10ヶ月目に入りました。
昨年(2007年)の9月から会社は休職。
復帰のめどは・・・どうだろうなぁ?まだ無理かなぁ?

発症した時に比べれば、今は状態はよくなってきているけれど、
時々わたしのこころは混乱を起こします。
「寂しさ」に気がついてしまうと、自分の存在を消したくなります。
自分の居場所がわからなくなります。

だから、そんなときに

自分の気持ちを吐く場所として

自分の気持ちを整理する場所として

自分がよくなっていく足跡を残す場所として

ブログを書いてみようかなと思いました。

時には醜いこころをさらけ出すかもしれません。
時にはやっぱりダメだとなるかもしれません。

でも、それも自分。
少しずつ前に進んでいくためのプロセス。

Go Forward

これが今の私のテーマ。
転びながらでも、叫びながらでも、前に進んでいくんだもん[ぴかぴか(新しい)]
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